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B3論

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じゃあB3論、以前から言及して来た通り、法学では、AIS責は特定個人の人間精神の実在が戸籍にさえ依存しないというレベルを根拠とする人間的精神的で特定当事者的実在的な意味です、それと違ってスケートボーディングは法的、其れとも違ってBMXは物象的。

 

日本のHip-hopとB3と言うとー、先ず日本の書道芸術がSB的なので、権威の根拠をSBから書法文化としてBMXを媒介し実在にAIS的になるっていうのが通常の書道の社会的な意味です、よくある前衛の積り止まりが「何でもHip-hopカクダイカイシャク」の積りで、マスかぶれが「ラップも書道!」として田舎ものが良い積りの認知行動不文でも自然に違法になる例は韻踏み性のラップの詩形犯罪の多さを鑑みても考えられやすいですが、

以前からちょくちょく唱道ネタに入れてますが、、、「詩人とラッパー」此れも結構衆愚性固執だったらしく、時代がしつこいですよね。

2000年代の日本のインディラッパーに関して旧来の反権威ラッパーの積り折れで要は前時代の類例に従属してしまう没個性的素人ラッパーが多かった、彼らは当時2000年代もう既に古かった風潮「ラッパーは【詩人】には反対だ!(其れの逆張りが住み分けブランド構成したり一部出版詩人の真似みたいなネット事例も記憶がある)」の儘で、80年代SSWの公然性の問題でもあるとされるが、SSW音楽歌手の詩人性や演歌レコードの歌唱コンクリートとかに関して、発想困難だが、、、恐らく説明贔屓な衆愚である彼らは「詩」の語を字形にも何か適合照合的な承認手形に曲げて反対に出版排除的なブランド分けをした可能性も仮に其れが昭和期だったなら出版のアート分けでわかる事を彼らは既にCDが売れなくなっていた2000年代に其の儘の気分で出版の公然性への合意である詩文芸や此れに関する福祉や福祉者を「古い」か「90年代前衛のような当時も既に前時代的な反権威アートが当時以前にも批判の積りの対象にしたものとして知れてるから反対に其れをお決まりと見做し芸術の本分に反対に故意に其のお決まりに同調ぶる悪意性故意で恣意に軽薄衆愚性の公衆悪の餌食にすればいいもの」と偽り信じていたと思われる。

一部の違法ラップが画質系インディーMVで多分90年代以前の未来派の儘の積り等もありそうな…「MVが【詩人】系っぽい日本語ラップ…(高精細的衆愚)」みたいな馬鹿アートをやってた文脈があったので、、、福祉への的外れ性の自認意識的故意の感じは結構彼ら本気だったのかもね。

で、USAじゃないので日本のHip-hopには特に顕著に文字情報や紙媒体の国粋Hip-hop性があり当然それらは違法ラッパーが好きな「違法ラッパーのクラブイベントフライヤー」類や其れ等の文化のものでは無いが、、、一応ジャパニーズHip-hop責には90年代以前の出版関係責もあってー、俺とか偶に言及したり最近ラノベバスター的な仕事もしたが、ほら魯山人再評価とかも、、、で、いっぽう馬鹿である彼らには「プレスCDやレコード盤に関わりたがるか否か」のような時代遅れなビジネスの問題があったのでは?、

 

莱!!(チンペーRIP)

 

で反権威アートとは、、例えば「アリス(訊かないで下さい)が三人組」は反権威的です。

B3の理屈が出て来るのがこの辺で、ジャパニーズヒップホップの反権威性が無い場合にはそれは「スケボー贔屓」になってしまうので、現在のインターネットのマススケートボーディングの多さのような意味で公然国際的に危険であるって意味になる。

 

公然性はBMX贔屓だから偽善が多い。だから不良フレームのBMXこと原発を秘匿的な悪意益にしていてはスケートボーディングも成り立たない。それではB3が成立しない。それじゃいけない。

 

だから、いろいろ必要でー、ラップ詩形も韻踏みや平文ベタとか当時時流語傾向(流行語風潮への迎合が危険だったり)でも無く、メタ歌詞としては出版文脈で前衛文学とされる技巧で其れに関して自覚的なものにしていた方が良かったので、アートってその位で全然反権威的なのだが、yuukinosightの文体では世代経験見込みで全世代に効いてしまうのでHip-hop楽曲としてインスタレーションや活動姿勢も反風潮になるようにもしてるもの、「ジョーカーの文学」とかはこの辺に来るが、こんなのまだまだBMXレベルなので、、、ラップもラップ詩形として歌詞の文中主体性がサイケ主体性になる政治文体此の部分への判断や理解や作家本人性や法の現実として人間が正義の根拠に関わるもののうち一人単位の精神的な正義の意思限界を超えても不誠実にならない世界はAIS的ですな。法や言葉じゃスケートボーディングになっちゃうので。其れ等の具体性とか俺とかが必要なのがAIS。

 

スケートボーディングは人を謂えば極端には資格法曹とかが其れだから公然に薄い情報化を他人のせいにしながら自ら有識の積りの子とかは案外未だに例のアノ…「末は医者か弁護士か」の気分で世間体良い積りでやってたのかも知れないんだなー、だから80年代のUSAスケートボーディングのカリスマスケーターはAISで其のスケートボーディングのビデオメディア文化はBMXだ。スケートボーディングなんて無いから。

俺はラッパーだからAISスケーターで良かったよ。児童当時から全然将来の音楽仕事の為にやってたので当然だが、結果としてもAISの身分は俺の仕事に合ってた。偉いし。あと若い人達へ、世界の多くの人々は時間がもっととんでもなくゆっくりだと思ってるぞ、多分。

 

児童つか子供が修辞躁になるのあんじゃん。甚だしい逆説とかを嘘だとして喜ぶ類で児童義務度は当然ながら成績優秀児童の将来職業性にはなり得無いとわかるが…児童が子供ぶって詭弁公益みたいなもので嬉しぶるもの、保護者らも恣意を軽薄なマスかぶれの学校部活動(学校部活の違法性は過去唱道提供済)やスポーツと間違えぶったり。この手のスケートボーディングを衆愚がああいう素人ぶり子供ぶりと混同したりだ。俺らは児童期からプロだから気が付いた事もなかったけどね。(雄)